芦沢央『火のないところに煙は』の読了後感想です。
一見、一つ一つの話には関係のなさそうな短編ですが、底に潜む恐るべき共通点がポイントとなるホラー小説です。
軽い気持ちで読み始めると、とてつもない恐怖を味わうことになるかもしれません。
あらすじ
「神楽坂を舞台に怪談を書きませんか」突然の依頼に、作家の〈私〉は驚愕する。忘れたいと封印し続けていた痛ましい喪失は、まさにその土地で起こったのだ。私は迷いながらも、真実を知るために過去の体験を執筆するが……。謎と恐怖が絡み合い、驚愕の結末を更新しながら、直視できない真相へと疾走する。読み終えたとき、怪異はもはや、他人事ではない――。
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注目ポイント
5つの短編が織りなす鳥肌恐怖
一見すると、それぞれの短編は独立した話のように思えます。
しかし、最後まで読むと、散りばめられた共通点が明らかとなり、この短編たちに隠されたある事実が見えてきます。
5つの話に潜む共通点
短編を読み進めていくと、ある違和感に遭遇します。
それは、各短編に共通したキーワードや登場人物が存在するということ。
本作に隠されたキーワードは下記になります。
- 占い師
- 御札
- 車に轢かれる
- ソバージュ
これらのキーワードは5つの短編のあとに語られる最終話で明らかになります。
感想
久しぶりにホラー作品を読みましたが、「これこれこれ!」といったような鳥肌恐怖を味わう事ができました。
これこそ実話系怪談の醍醐味と言える作品ではないでしょうか。
本作の手法としては、昨今流行りのフェイクドキュメンタリー方式が用いられています。
近年の代表作で言えば、雨穴『変な家』や『フェイクドキュメンタリーQ』、少し前には、2010年代に澤村伊智『恐怖小説キリカ』京極夏彦『虚談』などがあります。
これらは著者本人が登場するタイプの小説で、作家自身がその恐怖を聞いたり経験したりといった形で物語が進むため、リアルさを帯びた物語になります。
ホラー作品が好きな人の中にも色々好みがあると思いますが、僕はこのタイプ割と好んでいます。
というのも、著者などが登場することによって、現実離れしていない感が出ているような気がするのです。
多くのホラー作品では、超常的な現象だったり、到底自分が人生の中では遭遇することがないだろうなと感じて白ける瞬間が出てくるのです。
一方で、フェイク・ドキュメンタリー形式は、著者という現実に存在する人物を作品に登場させることによって、怪談って実は身の回りにあるんだなと感じさせてくれます。
創作物の中に一瞬リアルの匂いがすることによって、ホラー作品としての質が高まっているのではないかと思います。
人を騙すときの手法として、嘘の中に真実を少し織り交ぜておくのと似ているのかなと思います。
そういった書き方により、僕ら読書はその物語に現実味や真実味を感じ取ってしまい、ゾクッとした恐怖を楽しむことができています。
この作品は、読み始めこそただの短編かと思ってしまいますが、読み進めるごとに表れる違和感に気づくと、全てのピースが一気につながっていくと思います。
最近恐怖を感じることが少ないなと感じる方はぜひお手にとってみてください。